買収額は四億二OOO万ドルで、このときPの株式二万五二二一株が売り方に渡されている。 D社はメイン州にあり、個人所有の製靴会社としては全米一の規模である。
H・H-ブラウン社の成功を通して製靴業を知るようになっていたPは、長期間にわたって高収益を続けていたし、製品には独自の販路がある、この会社をP向きだと確信していた。 同社の製品には、名の通ったモカシンとボート靴があった。
それに加えて、長期にわたる企業目的を念頭に置いている、という経営方針がPにピツタリだった。 彼は、D杜であれば、現金、株式どちらの方法でも買い取るつもりだったと認めている。
同社のオーナーがP株との交換を望んだのが、この方法をとった理由であった。 W・PとP社について詳細に知るためには、Tについて話さなければ、完全とは言えないだろう。
Pの年次報告書にCという愛称で登場するマンガーは、同社の副会長であるが、Pは、彼を共同のパートナーとも考えていた。 二人の聞の友情は、三O年前から続いている、Cは同じオマハ出身だが、Pと違って、経済ではなく法律を専攻している。
ハーバード大学を卒業後、ロサンゼルスでM法律事務所を開業した。 一九六O年にオマハを訪問した際にPに出会い、当然、話題は投資のことに及んだ。

Pは、金持ちになるには法律より投資だと説いた。 彼の言葉に説得力があったのは確かで、その直後にCは、Pのものに似た投資パートナーシップを設立している。
一九六二年から七五年にかけて、Cは、その投資パートナーシップの運用で安定した成果を上げている。 一九七三−七四年に下げ相場があったが、彼のファンドは、その期間を含めて、年平均(複利計算して)で一九・八%の利益を上げた計算になる。
この間のダウ平均の値上がりは五・O%だった。 彼の運用方法はと言えば、少数の銘柄を、大量に集中して保有する、というものだった。
したがって、動きは激しい傾向がある。 ただ、実態価値に比べて割安のときに買うという点ではPのやり方と似ていた。
彼のファンドの投資先の一つにB社があった。 Pと同じく、彼もこの株を一九六O年後半から買い始めているが、結局、彼はこの会社の会長に就任した。
そして、彼の権限の一つに、スタンプの償還原資として保有している証券類の運用があった。 一九六0年代から七0年代にかけて、CとPの交友は続いたが、一九七八年になって、その関係が公式のものとして実を結ぶことになった。

この年、D・リテーリング社はP社に併合されたが、このとき、CはPの取締役になり、B社を併合した際に副会長に昇格している。 素材産業に属するさして特徴のない企業である。
ところが同社は、特殊な品質の圧延鋼板のメーカーとして知られていた。 価格は妥当で、技術的なサービスも卓抜だった。
供給不足の期間に、同社は信頼できるサプライヤーとして全米に知られるようになった。 一九八O年以来赤字を出したことがなく、一九九三年には二OO万ドルの営業利益を上げている。
これは、ウエスコ社全体の純益の一O%に当たる額であった。 一九八五年に、U社は、Pと合弁でF(ウエスFIC)を設立した。
投資額は四五OO万ドル。 このウエスFICは、F(全米消防士基金)の保有契約の一部を再保険する、というのを設立の目的としていた。
一九八八年には不動産損害保険業務を開始、現在、ネプラスカ、ユ夕、アイオワの各州の免許を保有している。 結局は利益の薄い業務である保険には本腰を入れない。
という、かねてからのPの方針には、Cも同意見だった。 現在、ウエスFICは、Pと同じく大きな資本勘定を持つが、保険業務は控えめでしかない。
しかし、それでも一九九三年の営業利益二一四O万ドルは、ウエスコ・グループ全体の純益の額の六O%を占めている。 Cは、ウエスコ杜の年次報告書のなかで、毎年、保険業務について言及している。
しかし、この分野は明らかにPのもので、Cが力を入れたのはS&L(貯蓄貸付組合)業務だった。 S&LにCがかかわりを持ったのは、二O年前のことである。
この業界は、判断力に乏しく、ときに法を犯すような人々、そして入手と予算に窮する為政者の無策のために、成長を阻まれ、混迷のなかにあった。 そこで辛抱を重ねてきた彼の立場は、保険業界においてのPと似ていた。
S&Lの危機的状況が表面化し始めたとき、金融的な危機がやって来ることは目に見えていた。 しかし、それを回避しようと考える者、あるいは、その考えを実行に移すことができる者はほとんどいなかった。

そのなかでCは、勇断をもってその流れを変え、ミューチュアルS&Lを新しい軌道に乗せたのである。 一九七九年から八五年までの問、預金のコスト高に加えて金利の動向も波乱含みであったために、ミユーチュアルS&Lは新しい貸し出しをしていない。
この間の一九八O年には、Cは一五の支屈を売却し、本社と道を挟んだ筋向かいのショッピングセンターにある支屈を一つ残すだけとした。 また、三億O七OO万ドル分の貯蓄口座を他行に売却し、同額のモーゲージ証券を売却した。
モーゲージ証券は利率の高いものから売ったので、残ったのは、低利の、残存期聞の一番短いものだけとなった。 要するに、危険な兆候を見て取ったCは、積み荷を軽くし、ハッチを締めて、台風の襲来に備えたのである。
一九八一年には、営業利益は減少したが、有利子負債に対する株主資本の比率は、老舗のS&Lのなかで最高であった。 他と比較して、資産の多くの部分が、現金類似の短期証券、免税債券、公益企業発行の優先株等に投資きれていて、一般のS&Lが保有するM証券のポートフォリオに比べて、免税債分の利回りを調整して計算すると、二倍近い利回りを上げていた。
取り合わせの妙過去三O年の問、CとPは、強い友情で結ぼれていた。 P自身は、関係を有名なワインクーラーの名前になぞらえて。
PのP版だと評している。 Pの年次総会は、オーフューム・シアターで開催される。
ステージ上の二人は、背の高いイスに座って、株主の質問に答えることになる。 数年前に、Pが、遠慮がちに、社用ジェット機を買い入れたことを公表した。
これはCにとっては気に染まないことだった。 彼にとっては、社用ジェット機は賛沢過ぎるものであり、それを9非常識。

号と名付けたら、と言ったという。 Pは、Cにとっての賛沢とは、エアコン付きのパスで旅行することさ、とからかっている。
実際にはCも飛行機に乗る。 Cの倹約ぶりは、旅行の方法にとどまらない。
彼は毎年、U社の年次報告書を書くが、広報担当のスタッフを雇わずにすませるために、カラー付きのグラフやチャートを使わない。 また、毎年、同じ言い回しを使う。
数字を変えるだけだ。 また、Pと違って、CはU本社の写真(白黒)を報告書に載せるが、長年の問、同じ写真を使っていた。
それを新しいもこののに変えたのは、株主の一人が、その写真に一九六0年代の自動車が写っていると、その古さをからかったからだという。 ついに彼は新しい写真を撮らせたのだが、「見るところ、変わっているのはビルの前の木が育ったことだけじゃないか」とつぶやいたそうだ。
U社の株主にとって幸いなことは、彼らの投資資金も、年々増え続けていることだ。 一九七三年にPが買収したときのウエスコ杜の株価は六ドルだった。

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